「流域治水」の対応は多岐にわたる

  • LINE

前の記事   次の記事


流域治水は気象変動により水災害の激甚化・頻発化を踏まえ、堤防の整備などの対策の一層の加速を図る必要があります。そして、集水域(雨水が河川に流入するエリア)から氾濫域(河川の外水氾濫、内水氾濫により浸水が想定されるエリア)など流域に関する関係者が協働して水害対策を行うことを流域治水と称します。

流域治水は、水が溢れることを前提として、水を貯められる場所の確保や危険なエリアに住まないようにするなど、多くの対策により被害を小さくしようとする考え方です。

従来、堤防を高くしたり、ダムを構築したりなど洪水を抑える対策を講じてきましたが、水害対策にも限界があることから、今回は「流域治水」の多岐にわたる対応について記述します。


総合治水と流域治水の相違点


 

 総合治水

従来の総合治水では、急激な市街化に伴って住宅開発、舗装等により河川への流出量が増大しています。これに対し、開発による流出量を抑制するために、暫定的な代替案として調整池の整備などの対策を実施していました。


 流域治水

都市部のみならず、全国の河川に対象を拡大し、河川改修の加速化に加え、流域のあらゆる施設を活用します。リスクの低いエリアへの誘導や住み方の工夫を含め、流域のあらゆる関係者との協働により流域全体で総合的かつ多層的な対策を実施することが重要です。また、管理区分にこだわらず、流域での新たなメニューを実施する必要もあります。


流域治水の水災害対策



本対策は河川整備のみではなく、あらゆる関係者が協働して流域全体の治水を行うことが重要です。

 基本整備内容

堤防整備、河道掘削、ダム、遊水池整備、雨水幹線、地下貯留施設の整備


 追加事項

  • リスクのあるエリアの居住者に、より災害リスクの低いエリアへの居住の誘導
  • 水害リスクの高いエリアにおける建築物の構造変更
  • 水災害リスク情報の空白地帯の解消
  • 中高頻度の外力規模の浸水想定および浸水ハザード情報の提供(河川整備完了後などの場合)


令和元年東日本台風における国管理河川の状況



国管理の河川において14か所の外水氾濫が発生しましたが、仮に河川整備基本方針に基づき治水施設の整備を完了していれば、ほとんどの河川で崖錐による大被害は回避できたため、計画的な整備の加速化が必要です。


出典元:「流域治水」の基本的な考え方 国土交通省 水管理・国土保全局

https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/pdf/01_kangaekata.pdf


治水計画は流域全体で策定 



治水計画を見直し、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域と捉え、地域の特性に応じ、ハード・ソフトを一体で進める対策として1〜3が挙げられます。

  1. 氾濫をできる限り防ぐ、減らす対策 →集水域、河川区域
  2. 被害対象を減少させるための対策 →氾濫域
  3. 被害の軽減、早期復旧・復興のための対策 →氾濫域


 1.氾濫をできる限り防ぐ、減らす対策

本川、支川を俯瞰的に捉え、河川規模に応じた流域治水に取り組むことが必要です。

本川(大河川)の場合
  • 当面は本川の水位低下に大きく寄与する利水ダム(電力、農業用水など)で気象庁の降雨予測を活用して事前放流し、一時的な治水のために貯留や河道掘削、ダム建設を推進する。
  • 支川での流域対策を推進し、流域対策を多く支川に拡大することで、大河川の水位低下にも寄与する。
支川(中小河川)の場合
  • 水田貯留、ため池貯留、調整池などによる流域対策を実施する。
  • 水害リスクの高いエリアの土地利用規制や安全な地域への移転、宅地の嵩上げを実施する。
  • 本川との合流点において、バックウォーター対策、排水機場の整備を実施する。


 2.被害対象を減少させるための対策

災害ハザードエリアにおける開発抑制、移転の推進、立地適正化計画と防災との連携強化など、安全なまちづくりのための総合的な対策が考えられます。

災害レッドゾーンは開発禁止、市街化調整区域の浸水ハザードエリア(イエローゾーン)等における開発許可を厳格化します。


出典元:「安全なまちづくり」・「魅力的なまちづくり」の推進のための都市再生特別措置法等の改正について  国土交通省 都市局 都市計画課

https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/content/001406990.pdf


 3.被害の軽減、早期復旧・復興のための対策

気象変動を考慮してマイ・タイムラインの作成
  • 台風の接近等によって、河川水位が上昇する時に住民が「いつ」、「何をするか」をあらかじめ時系列で整理した自分自身の防災行動計画を作成しておきましょう。住民一人ひとりが洪水ハザードマップを活用し、水害被害が発生した場合、避難の実効性を高める取り組みであり、「実践ポイントブック」として国が取りまとめを予定しています。
不動産取引時の水害リスクの情報提供
  • 住民一人ひとりが適切な避難行動を行うためには、平時において、地域特性や家族構成等の各個人が置かれている状況に応じたリスク情報を入手しておくことの必要性を住民に理解して頂くことが重要です。
  • 不動産取引や水害保険等において、水害のリスクが的確に反映されるよう、様々なリスク評価を進めるとともに、水災害リスクが明らかにされていない地帯の解消を図ることが重要です。


まとめ



近年、河川と下水道を連動させ、地域の水害対策を検討する方向に変わり、これを河川流域での総合治水として「流域治水」と総称しています。

対応としては、河川堤防、ダム、調整池などのハード施設を整備することもあります。総合治水の中にはこれらのハード対策だけでなく、災害が発生することが想定されるエリアの新規開発を行えないようにするソフト対策も同様に講じています。

また、既存の家屋等が当該エリアに建設されている場合は、安全エリアの土地を提供し、移設を提案している例もあります。住民との合意形成が整えば、移設していただくことで多くの事業費を要する堤防建設を行わずに防災を実現できます。

目標を同一にすることで仮に河川堤防から氾濫が発生した場合でも、これらの防災対策が有効になっていれば、被害を縮小させることが可能になるでしょう。

この記事のライター
大学で衛生工学研究室に所属しており、卒業後に建設コンサルタント会社に就職し、20年間下水道の設計、計画をしています。
新規計画は減ってきていますが、経営戦略や官民連携、広域化共同化、PFI/PPPなど多くやるべき事があるため、面白いですね。ここではそれらの記事を掲載したいと思います。
『サガシバ』に会員登録して、匠の野帳をもっと便利に!
会員登録すると、最新記事の情報が受け取れる他、便利な使い方がたくさん!

nicoさんの匠の野帳をもっと見る

2023年11月08日 02:26 nicoさん
1 0
防災計画は国、都道府県、市町村それぞれで策定していますが、市町村にはそのエリアの居住者がいるため、彼らが被災者にならずに避難させることを目標とした防災対策を講じています。自助、共助及び公助がかみあって...
1 0
2023年10月11日 04:42 nicoさん
2 0
防災計画には国レベルの総合的かつ長期的な計画である防災基本計画と、地方レベルの都道府県及び市町村の地域防災計画があり、それぞれのレベルで防災活動を実施してきました。しかし、自助、共助及び公助がうまくか...
2 0
2023年02月08日 00:00 nicoさん
2 0
内水氾濫は都市部で発生しやすく、平坦な土地に強い雨が降ると、雨水が排水できずに地面に溜まります。低地では周囲から水が流れ込んできて浸水の規模が大きくなります。 このような地域において、マンホール(以降M...
2 0
2023年01月25日 00:55 nicoさん
3 0
下水道事業では様々な施設を広域化(集約化)・共同化することが可能ですが、そのためには単一の市町村ではなく、都道府県単位の広いエリアを対象として、広域化・共同化を検討する傾向があります。処理場などのハー...
3 0
2022年12月14日 01:00 nicoさん
2 0
下水道事業は汚水・汚泥処理施設の広域化・共同化を行うべき時代が来ました。都道府県管理の流域下水道に汚水処理区を統合して、単独公共下水道施設、集落排水施設を廃止します。これにより統合する処理区の処理施設...
2 0
2022年11月29日 22:00 nicoさん
1 0
汚泥処理施設の老朽化による施設更新が増加する中で、施設の集約化は持続的な事業運営を行うために有効な手法の一つとされています。汚泥処理を単独の処理地域ではなく、都道府県単位の広いエリアを対象として、集約...
1 0
2022年11月09日 01:00 nicoさん
2 0
下水道事業の集中管理を行うべき時代が来ました。下水道職員が減少しており、下水道処理場管理に必要な業務を分担できるためICT(情報通信技術)を活用することが注目されています。処理場管理において問題点が発生...
2 0
2022年10月26日 00:55 nicoさん
2 1
下水道事業を行う自治体は事業運営にあたって、当初計画と現状において、社会情勢の変化に直面しており、経営状況がいいとは言い切れない状況と考えます。その理由はいくつかあり、下水道事業を効率的に継続していく...
2 1
2022年09月28日 00:54 nicoさん
5 2
官庁が管理する施設で経営を改善すべき施設はPFIを利用して、民間の経営上のノウハウを活用しています。これは下水道に限った事ではありませんが、下水道事業で建設された施設として、管路施設、ポンプ施設、終末処...
5 2
2022年08月31日 01:00 nicoさん
4 2
内水氾濫と外水氾濫河川の氾濫には、都市に降った雨が河川に排出できず発生する「内水氾濫」と河川が溢れて発生する「外水氾濫」(洪水氾濫)の2種類があります。今回は内水氾濫のハザードマップの重要性について意...
4 2
会員登録(無料)