「一流の土木技術者とは」でもお伝えしたように、高度な情報化を迎えた21世紀には、膨大な情報の中から、本質的に重要なインプットだけに捨象し、知性としてアウトプットすることが技術者に求められています。私も含めて土木工学だけを追求する技術者には難しいことだと思います。それは、技術者が技術の追求と拘りが強い頑固シェフのように職人気質に囚われているからではないでしょうか。新しい時代の土木として進化させるには、土木工学以外の、学問を横断した知性を得ることが求められているのではないでしょうか。
土木工学だけでも難しいのに、学問を横断するとはどういうことでしょうか。
学問には、形式科学(数学、統計学)・自然科学(物理学、天文学、地球科学、化学、生物学)・社会科学(政治学、法学、経済学、経営学、社会学、教育学)・人文科学(哲学、宗教学、言語学、人類学、歴史学、地理学、文学、芸術学、心理学)などがあります。
これらの学問を基礎として実用化した応用科学が市民工学、河川工学、鉄道工学、道路工学、交通工学、コンクリート工学、橋梁工学、地盤工学、基礎工学などで、その総称が「土木工学」です。なお、物理学は、変形しない物体を前提としていますが、構造力学では微小に変形する物体を対象としています。
万能の天才と言われたレオナル・ド・ダヴィンチは、あらゆる学問を横断して、関連づけながら学問を深化させることで創造的な業績を残したといわれています。
種の起源で進化の原動力を解き明かしたチャールズ・ダーウィンは、一般には生物学者として有名ですが、本業は地質学者だったそうです。
情報が閉ざされていた時代には、一部の文化人しかたどり着けなかった知識や技術ばかりでした。しかし多くの情報が開示された今、私たちが、一日に受取っている情報量は江戸時代の一年分、平安時代の一生分といわれています。私たち技術者も、溢れる情報と技術を学ぶことができる時代になったのです。
「世界に通用する技術者」の教育プログラムとして設立されたJABEE(日本技術者教育認定機構)によると、「技術者とは技術業に携わる専門職業人をいう。技術業とは、数理科学、 自然科学及び人工科学等の知識を駆使し、社会や環境に対する影響を予見しながら資源と自然力を経済的に活用し、人類の利益と安全に貢献するハード ウェア・ソフトウェアの人工物やシステムを設計・製造・運用・維持並びにこれらに関する研究を行う専門職業である。」とされています。
土木工学の専門知識を駆使できることが前提ですが、社会や環境に対する影響を予見するには、条件に応じた合理的な形式選定、現場を踏まえた効率的な施工計画、事業関係者への説明や交渉、不測の事態への対応など、学校や教科書では教えてくれないスキルが求められます。土木工学のみで対応しようとすると、チェックリストのように全てをマニュアル化する必要がありますが、前例のない現場条件においてはマニュアルがないため、直感に頼るしかありません。では、その直感はどこからくるのか。それは人間の思考の根本となる教養なのです。
だからこそ、技術者として土木を高い視座で見つめる知性が必要だと思います。
近年、リベラルアーツやSTEAM教育が注目されているのをご存じでしょうか。
言語系3学(文法・論理・修辞)と数学系4学(算術・幾何・天文・音楽)の自由7科(セブンリベラルアーツ)で、人間が自由に生きていくため、束縛から解放されるための素養と言われています。知識だけを身につけるのではなく、実践的な知性や創造力を養う教育です。
科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)。アート(Art)、数学(Mathematics)の5つの領域を対象として、理数系科目と芸術分野を横断的に学ぶ教育です。自然が織りなすサイエンスと人間が創造するアートの融合なのだと思います。
理系の人の中には、言語や芸術を学ぶことを嫌がる人が多いかも知れません。しかし、「リベラルアーツ」や「STEAM教育」といった教育方法を使って学ぶことで、想像的な思考・創造的な思考ができるようになるのではないでしょうか。
前回の「一流の土木設計技術者とは」において、土木も料理も自然科学を応用した技術とサービスであることをお伝えしました。人類の文明とともに発展してきた土木の本質を考えることは、食の本質を問うことと同じではないかと考えているからです。
タイトルにもあるマリアージュとは、ワインと料理の相性に使われる美味しい方程式です。学問の横断とは、すなわち、学問同士のマリアージュ(結婚)だと思いませんか?ワインだけ、食材だけ、土木だけを味わうなんて、もったいないと思いませんか?土木という自然科学に教養というハーブを添えることで、知性という最高のマリアージュを楽しめると思います。