地球を食べる

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VUCA「Volatility Uncertainty Complexity Ambiguity」という軍事用語をご存知でしょうか。新型コロナウイルス・地球温暖化・自然災害など、変化が激しく先行き不透明な社会情勢を指して昨今ビジネスでも使われるようになりました。また、狩猟社会(Society 1.0)・農耕社会(Society 2.0)・工業社会(Society 3.0)・情報社会(Society 4.0)に続く、多様な幸せを追求できる新たな創造社会として超スマート社会(Society 5.0)が提唱されています。社会が進化する一方で、「生き残るのは、強い者ではなく変化できる者。」という言葉を知っていても、個人が日常や仕事で実践するのは、本当に難しいと痛感しています。

経験工学と言われる土木工学こそ、広い視野で新しい価値や変化を生み出すことが求められる時代ではないでしょうか。今回は土木工事の原点である「掘削」について、チョット脱線しながらお話したいと思います。


掘削工法



地中に基礎や管路などの土木構造物を設置するために、地山を掘り取って、一時的に空間を確保する作業を「掘削」といいます。全ての新設構造物は地球に支持されるので、掘削を行わない構造物はありません。

土木設計技術者が掘削工法を検討する場合、地質を工学的性質「標準貫入試験:N値、粘着力:C(kN/m2)、内部摩擦核:φ(度)、変形係数:E(kN/m2)」などの数値のみで工法や安全性を検討します。最近では、多くのミス事例を参考として、鬼の殲滅チェックも行っていますが、ミスや現場手戻りは改善されていないように感じています。情報化社会に生きる現代人こそ、工学的情報以外に自然に対する畏敬の念や危険を察知する感性も養成すべきではないでしょうか。


地球を食べる



調理という美味しい科学と土木という文明の科学は、多くの食材(部材)を有機的につなげることで、一つの料理(構造物)を創るものづくりとして似ていると思いませんか?中でも掘削は、人智の及ばぬ自然との対話であり、見方をかえると長い年月をかけて熟成された地球を食べるようにも見えませんか?いや、見てください!

パイ生地とカスタードクリームを交互に何層も重ねて作ったミルフィーユというフランス発祥の菓子があります。見た目は美しいのですが、慎重にナイフで切っても、とにかく美しく食べるのが難しいスイーツです。では、どうすればよいのか。なんと、最初から横に倒して食べると、驚くほどに食べやすくなり、綺麗に食べられます。

地形と地層が同一方向(流れ目)に傾斜している場合、「流れ盤」という崩壊の危険性が高い状態になります。その反対を「受け盤」といいますが、節理という工学的な区分以上に地山は複雑で野性的です。どこから掘削すれば美しく掘削できるかを考えることも大事だと思います。


まとめ



土木に求められるのは、安全性や経済性ですが、掘削を“掘るだけ”と考えるか“地球との対話”と考えるかは、労働としての農業をガーデニングとして楽しむのと同じで、見える景色が変わってくると思います。

近年、膨大な情報を集めることよりも、感覚や美意識が大切だと言われています。

仕事としての土木だけを考えると、掘削からは土質力学だけを考えてしまいがちですが、現場の土に潜む歴史・微生物・匂いを感じる感性も養成することで、もっと土木を楽しめるのではないでしょうか。

美しい地球を綺麗に食べてみませんか?

この記事のライター
土木設計の知的な生産活動に魅力を感じていましたが、コロナ禍で自身の視野の狭さを痛感しました。土木技術者としての思考を社会と共有することで、設計だけでは得られない知性を得たいと考えています。できる限り、文理の枠を超えた多面的なリベラルアーツで専門性を俯瞰し、設計の本質を投稿していきます。21世紀を1/5消費した今こそ、国土の創世期が来たとワクワクしています。
好きな土木家(建築家):安藤忠雄、隈研吾
好きな土木絵(美術家):モネ、ユトリロ
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