『サガシバ』編集部 [著/写/編]
2021年11月18日に、“『サガシバ』初”の「建設業向けオンライン対談イベント」を開催しました(開催の経緯はこちらの記事をご覧ください)。
【テーマについて】
これまでの建設プロジェクトは、「いかに効率的に建設するか」という社会ニーズに対して、分業による効率性・合理性を追求することで適応してきました。
しかし昨今の建設DX、i-Constructionといった、建設生産システムの全体最適化の流れの中では、業種間での情報サイロ化問題や、業種間での見えざる壁問題など、分業による弊害も見え隠れしています。
こうした分業の功罪、そして未来に向けて、お二人からの話題提供を受け、パネルディスカッションを通して本音で切り込みます。
【ゲスト(敬称略)】
・森崎英五朗(寿建設株式会社 代表取締役社長)【業種:建設会社】
・伊藤昌明(株式会社オリエンタルコンサルタンツ)【業種:建設コンサルタント】
――最初に分業の功罪について、実体験をもとに話題提供いただけますでしょうか。
森崎氏:私の方からは、主に補修分野における設計と施工間の問題点を、施工者の立場から紹介します。
補修分野の背景として、2012年の笹子トンネル天井板崩落事故を契機に全てのトンネルや橋などの土木構造物を5年に1回点検・診断し、必要な箇所に補修設計・施工の措置をし、記録、次の計画をするメンテナンスサイクルがスタートしました。現在は点検されて措置が必要と判断された構造物に補修設計され、施工するという流れで進んでいます。ただ補修工事を受注した後に設計内容を精査すると、かなりの確率で現場状況とは異なった内容であり、工事受注後の精査や設計の見直しが生じています。
この要因はいくつかあると私は考えています。まず古い構造物に対する補修工事が急増した一方、ノウハウや知識がまだ浸透していないこと。次に設計者が目視だけで設計をせざるを得ない状況があること。最後に補修工事は古い構造物を壊してみないとわからないことも多々あるためです。
新設工事に比べ補修工事の仕組みはまだまだ未成熟だと思っています。設計と施工に差があるという実態を地域に住む方々が知れば、疑問を感じることでしょう。一般の方の立場に立って真っ当なサイクルを回すためにも、本日は前向きな議論を出来たらと思います。
伊藤氏:私からは建設コンサルタントの観点から、分業の功罪をどのように捉えたら良いのかということをお話いたします。
設計者である建設コンサルタントへの批判で良くあるのは、設計者の多くは現場を知らないから成果を施工時に上手く活用できないという施工側からの批判ですね。先日お話を聞いた若手設計者も、施工時に活用できないのであれば、自分が設計している成果に意味があるのか悩んでいました。
これはVS構造と呼ばれる、業種間の見えざる壁が要因です。設計と施工間に壁があるという、一般の方から見たら非常に非効率な実態となっているわけです。これまでは分業体制で部分最適を図って来たのですが、分業体制が今や壁を生み出し、さらなるイノベーションの弊害になっているということが多くの方から指摘されています。
――話題提供ありがとうございました。早速、参加者の方からご質問をいただいております。「来年度に建設コンサルタント業界に就職する者ですが、就職活動時に受けた説明では、設計者と施工者がやり取りする場面はほとんど無く、間に発注者が入るというものでした。実態として両者が直接やり取りする場面は多いのでしょうか。」という内容です。いかがでしょうか。
森崎氏:実際には発注者と設計者が同意のもと決定した設計が発注され、施工者が受注します。その後、発注者・設計者・施工者からなる三者協議で設計者と施工者は接することになります。
伊藤氏:設計者側としては、工事発注時や施工時には結構施工者から問い合わせがあります。発注者経由のこともありますが、直接やり取りする場面は意外と多いかもしれませんね。
――VS構造は昔から課題となっていたのでしょうか。
森崎氏:最近特に感じますね。昔は基本的な図面があって、あとはある意味施工者に任せたという感じだったと思いますが、最近は情報のやり取りが容易になったからこそ、課題が浮き彫りになったのかもしれません。
――ありがとうございます。近年の設計と現場の不和について、その実態を詳しく教えていただけますでしょうか。
伊藤氏:建設コンサルタントの立場で言えば、コンサルタントが計画をした内容は金太郎飴のようで、その地域に合ったものでは無いという批判は良くあります。もっと言えば、事業に対して責任を持たないコンサルタントの提案は信憑性が無いなんて辛辣な意見もありますよ(笑)。
森崎氏:私が直接設計者に怒ったことがあるは、当社の特許工法を、内容をよく理解していないのに相談も無く他県の補修設計に適用していて、しかもそれがその工法の内容に合わない設計内容だったときです。工事を受注した業者さんから問い合わせがきて初めて知ったのですが図面を見るとその現場では効果のない位置に設計されていました。
伊藤氏:現場を見なくても設計は出来ますが、その先をどこまで想像しているかということでしょうね。一方で、最低限の仕様を満たしているという会社経営上の観点もあり、ジレンマに陥る部分です。
森崎氏:問題に直面した時は人生と一緒で、いろいろな専門家が意見を出し合って解決すべきと思います。分業の功罪は、新しい知恵で良い仕組みを作る必要が絶対にあると思います。
5年ほど前に地元の建設業協会に「維持補修技術検討ワーキンググループ」を設置して施工者と、地元の設計者も入れた議論の場を作って、補修分野における設計・施工の課題や改善手法を議論した上で提案書を発注者へ提出したことがあります。
提案書では、設計難度が高い業務は設計者と施工者がJVになって発注する方法や、設計仕様の中に施工者の意見を聞くことを入れ込む方法、施工業務の方に設計費用を入れるといった方法は出来ないかなど改善案を提案しました。5年が経過しましたが上手く回っていっては無いようですね。
伊藤氏:なぜ上手く行っていないのでしょうか。
森崎氏:いまだにVS構造があるのかもしれません。また設計と施工のJVにすると、金額的には設計より工事の方が大きくなるので、どうしても施工者側に支配力が生じてしまうことに抵抗があるような意見も聞きます。
――分業の要因についてお話を伺えますでしょうか。
伊藤氏:要因の議論をする前に、設計と施工の分離は本当に必要なのかを聞いてみたいですね。分離の発想としては、施工者が設計すると利益追求してしまう、その抑止力として発注者が設計者としての役割を担うべきということだと思いますが、施工者の立場からいかがですか。
森崎氏:会社によるでしょうね(笑)。ただ、施工者が設計するという解決策だけでなく、施工しやすい設計となるための意見を言う場があると良いと思います。設計段階で施工者に意見を求めやすい環境を作るなどして解決したいところです。
伊藤氏:設計者が現場を知って技術力をつけるという方法はあるのですが、現在はキャリアアップのために施工管理業務へ出向することは無い感じですね。施工管理の2~3年で、管理技術者になるための実績が消えてしまう仕組みだからかもしれません。
――参加者からご意見をいただいています。「施工者側から見た設計者の問題点だけではなく、設計者側から見た施工者の問題点はありますか」とのことですが、いかがでしょうか。
伊藤氏:あまり無いと思います。むしろ工事発注などに関わる作業経費は業務委託料に含まれていないものもあるといった、仕組みの方に改善の余地がありますね。
森崎氏:設計者としては仕様に基づいた設計なわけですから、あまり施工者に指摘されたくないでしょうね。本来は発注者が間に入ってコントロールするべきだと思います。
伊藤氏:話は変わりますが、先日発注者の若手職員と話していると、打合せで初歩的な質問をするか迷ってしまうそうです。場違いな質問だと恥ずかしいという理由でしたが、発注側にも自分の技術を高めるための時間が十分には無いというのが実態なのでしょうね。
森崎氏:良くあるのは、年度末に納品された成果が年度明けに発注されたものの、発注者の担当は異動して変わっているというケースですね。そうなると発注者・設計者・施工者の三者協議の際に、設計内容が良く把握できていないため話が通じないということがありがちです。
いずれにせよ設計時に、より良い設計や工法について三者で議論できる場があれば建設的なのですが。
――これからの展望についてお聞かせください。
森崎氏:本日のように皆さんが集まって、問題提起をするイベントは重要ですよね。このような問題に疑問を持つ方がたくさん出て来て、解決しようという意識が醸成されれば変わっていくと思います。
伊藤氏:いろいろな立場の人の話を聞くことができる場は大事ですよね。発注者の方などの実態を聞いてみたい。
また、これまでの分業体制は1人のエンジニアが1つの技術を極めることでしたが、DXやi-Construction、DBOやECIといった変革の本質的な意義は職種を越境することや、プロセス自体も分業ではなく統合していくことではないかと思っています。
――関連して参加者の方から質問をいただいています。「ICT施工やBIM/CIMの技術で本日の課題がどの程度解決できそうでしょうか、あるいは制度自体の問題がやはり大きいでしょうか。」といったご質問ですが、いかがでしょうか。
森崎氏:このような技術は手段なので、課題解決には枠組みを改善する必要があります。例えば課題の1つはコミュニケーションなので、何らかの枠組みを変えて設計者と発注者、施工者が上手いコミュニケーションを取れた時にはじめて、ICTやBIM/CIMが活きてくるのではないでしょうか。
――扱う工種や業種でもこの議論は全く変わってくるとは思います。
伊藤氏:補修分野に対する新たなアイディアかわかりませんが、業種の融合、ONEドボク的に考えるなら、自治体の維持管理計画策定の業務は一般的にはコンサルタントと発注者が主体になって検討しますよね。その段階から地域の施工者が関与すれば、より現実性のある維持管理計画になりませんかね。
森崎氏:そのような上流の議論は重要です。施工者や有識者も含めて議論して維持管理の優先順位をつけることが大事だと思います。
――参加者の方からご意見がありました。「維持管理計画はメンテナンスエキスパート(ME)認定証を有する会社が計画する方が良いのではと思っています」とのことですが、いかがでしょうか。
森崎氏:各地でMEの仕組みが広がり始めているので、その資格を持つ方々が何らか計画に関われると良いと思います。ある県では、MEを有する施工者と設計者、発注者の三者コミュニケーションをすごく重視しているそうです。そこで人間関係が構築されると、相談し合ったりできるそうなので。
伊藤氏:先日若手技術者と話した際にも、受注者・発注者といった関係性から一度離れて、フラットに「あるべき論」を話す場はあまり無いと感じているそうです。
森崎氏:こういったオンラインでも、本音をぶつけ合える場や機会があると何か課題解決のヒントが出るかもしれませんね。
――今回は設計者と施工者というお二人の対談でしたが、今後はメーカーや発注者といった方々のご意見を伺えたらと思います。
――最後にお二方から一言ずつお願いいたします。
伊藤氏:時代の流れの中で改善の方向に向かっていることは事実ですので、VS構造では無く、しっかりとした会話をする「融和」というスタンスで取り組んでいくことが、DXなどの変革を加速させることではないでしょうか。
いろんな場面でこの課題を世の中に提起して、自分たちが主体となって解決していかないといけません。本イベントがそのきっかけになると良いと思いました。
森崎氏: VS構造ではなく、最終的には地域に良い構造物を作ることが本来の土木の役割ですから、こんな課題があってはいけないと思っています。
住民良し、企業良し、発注者良しという「三方良し」を具体化していくためには、前向きな人たちで議論しないといけません。本日のようなイベントを通じて、技術者たちがやりがいある場を作ってあげることが1番重要です。この業界に入ってくれる若い人たちがやりがいを覚える場を、私も創造していきたいと思いますので、ぜひこの展開を良い方向に進めていきましょう。
以上
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【『サガシバ』事務局からのコメント】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。
今回のイベントでは、参加者の方からコメントやご質問もいただき、双方向のコミュニケーションが生まれる場となりました。
次回の開催時には、より多くの皆さまにご参加いただければと思いますので、引き続き『『サガシバ』』イベントの動向に注目していただけますと幸いです。
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■ゲストのご紹介(敬称略)
森崎 英五朗(寿建設株式会社 代表取締役社長)
トンネル専門工事とトンネル主体の構造物補修、一般土木工事などを手掛け、福島市に所在を置く建設会社、寿建設株式会社の代表取締役社長。会社経営の一方、建設業の担い手不足を嘆く声には「まずは建設業の魅力や やりがいを知ってもらうこと。 情報があっても伝わらなければ意味がない」と従来の広報のあり方に疑問を持ち、自らが先頭に立って画期的な手法で社会へのアピール活動を行っている。
伊藤 昌明(株式会社オリエンタルコンサルタンツ)
株式会社オリエンタルコンサルタンツに入社し、交通エンジニアとしてキャリアをスタート。現在はグループ会社の株式会社エイテックに出向し経営企画リーダーを担っている。
2015年、建コン協会内に若手有志組織「業界展望を考える若手技術者の会(若手の会)」設立し、2021年5月まで発起人代表を務める。オンラインサロン「建コンアップデート研究所」設立や土木学生有志と「DOBOKU-LAB」を設立するなど幅広く活躍。2017年には、リクナビ主催「Good Action Award」受賞、建コン協会「功績賞」を受賞。