建設コンサルタントに必要なのは技術力より対話力

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発注者から「この構造物の安定照査を明日の朝までに」と無理難題を言われて、徹夜をしたりしていませんか?でも実はこれは、「違法行為」になるかもしれません。

なぜなら、「業務委託(業務請負)」は、発注者と受託者の労働者との間に指揮命令関係が生じない契約であり、指揮命令を出せる「労働者派遣」とは異なるからです。発注者が受注者に対し、「今晩に作業して、明日の朝までに資料を作成しなさい」や、「他の受注業務の作業をストップし、当方の業務を優先して行うこと」といった指示を出したなら、書類上は請負契約であるものの、実態として労働者派遣に該当し、いわゆる「偽装請負」とみなされ、違法行為になるのです。

もちろん、発注者が求めている成果物を、高い技術力で完成させることが使命です。しかし、発注者の無理難題な要求にも、全て応えていくことが使命ではありません。発注者と対等な立場で、発注者に評価されるコンサルタントに必要なことは、一体何でしょうか。


発注者が欲しているモノとは



コンサルタントとして、発注者よりも高い技術力を駆使することが求められることは、異論ないでしょう。では、技術的に最も優れた成果物を提示することが、コンサルタントの役割なのでしょうか?私は、そう思いません。

「良いモノが売れるとは限らない」のは、ビジネスやマーケティングにおいて、最も基本的な常識です。では、一体何が最も売れるのか?ずばり、ターゲットの人が「欲しいと思うモノ」に他なりません。当たり前に聞こえるかもしれませんが、肝心なことは、「なぜ欲しいと思うのか?」を知ることです。

一般に、人が商品やサービスを買うのは、それが「悩みを解決してくれる」か、「望みを叶えてくれる」か、のいずれかの場合に当てはまる場合です。これを建設コンサルタントに当てはめてみましょう。コンサルタントにとって、ターゲットである発注者は、一体何を欲しいと思っているのでしょうか?

もちろん、契約の仕様書に記載されたことにつながるのですが、それだけでは、「なぜ欲しているのか?」即ち、「何が悩み(課題)なのか?」「何が望み(目標)なのか?」までは、決して至ることができないのです。この「悩み」と「望み」を知るために必要なのは、技術力ではありません。ずばり、「対話力」です。


技術力より対話力が勝る訳



ここで、実際に私が携わった、A県から受注した、護岸の基本設計業務を例にとりましょう。契約締結後の最初の打合せで、私たちから発注者への質問で、一番時間を割いたのは、技術的な事項ではなく、ずばり「どんな悩み(課題)があり、どの悩みが深刻なのか」ということです。

対話によって分かったのは、よくある経済性や工期短縮だけではありませんでした。環境アセスの結果から、工事に伴う騒音に上限があることや、地元鉄鋼メーカーの業務多角化の影響で、鋼材の調達に時間がかかることなど、仕様書では知りえないことが色々と判明しました。そして、最も大きな課題は、A県と地元の漁業関係者との間で、過去の海上工事でトラブルが発生し、その尾をまだ引いていることだったのです。

そこで、私たちが最初の検討で全精力を注いだのは、設計条件の検討ではなく、漁業関係者との合意形成に結びつく工法の検討でした。A県の担当者と何度も話し合いを重ね、私の社内でも他の支社も巻き込んで対話する中で、他県で行われた漁協対策の事例が最良と判断し、A県担当者へ提案しました。

A県担当者の「そういう手があったのか」と驚きつつも、安堵した表情が忘れられません。まだ設計の初期段階にもかかわらず、漁業関係者の元に足を運んでもらい、無事了解を得ることができました。つまり、A県が護岸工事をする上で、最も悩んでいた課題というのは、コストカットでも騒音対策でもなかったのです。漁業関係者と合意して、無事工事を進められることが、どうしても解決したかった課題だったのです。

私たちが安定計算よりも対話に徹し、その解決にこだわったのは、仮に技術的にも経済的にも優れている工法であったとして、全く別の理由で採用断念せざるを得ないことが、これまで何度も経験してきたからです。地元関係者とのトラブルも、ひとえに「対話不足」が原因であることが多いものです。だからこそ、私たちは発注者との真摯な対話を通じて、発注者と地元関係者との建設的な対話を陰ながら促したという訳です。

一方、A県の立場で考えれば、近年頭を悩ませていた懸案の一つが解決されたことになり、他の海上工事の展望も明るく開かれました。私たちのチームは、まだ護岸の構造計算に本格的に着手していない状況にも関わらず、大きな評価と信頼を獲得することができたのです。

大きな信頼は、お互いの対話をさらに良好にしました。このお陰で、遅くまでの残業を見込まない、無理ない作業工程で業務を行える環境を手にし、仕様書の内容より一歩先の作業が必要と判明した時には、速やかに変更契約を締結できました。何より、A県の担当者が、全幅の信頼を寄せてくれることに喜びを覚え、大きなやり甲斐を感じました。その年度末に納めた成果物が、私たちにとっても、発注者にとっても、大いに満足できるものであったのは言うまでもありません。


まとめ



私たちが行ったことは唯一つ、対話を粘り強く行うことで、発注者の最大の悩み(課題)を把握し、全力でその解決策を提案することでした。

もちろん、発注者によっては、それでも無茶な作業依頼や、仕様書にない業務まで要求してくるところもあります。しかし私は、そういう無理難題に対して、チーム一丸となって「できないことはできない」として、対処します。仮にそのせいで、低い評点を与えられたとしても、意に介しません。私たちが目指しているのは、対等な立場で誠意ある対話を重ねて、発注者にとって最適な成果物を提供することです。無理難題な要求をしてくる発注者に対して、再応札する必然性はどこにあるでしょうか。

冒頭にお伝えした通り、業務委託を受ける私たち建設コンサルタントは、発注者と指揮命令関係が成立しません。だからこそ、発注者とは綿密かつ建設的な対話を積み重ね、小さな信頼と評価をコツコツと得ることが、何よりも肝要ではないでしょうか。

この記事のライター
大学工学部卒業後、土木設計に関わって約30年。
「この世に唯一のモノ」を自ら主体的に作ることへの好奇心から、様々なプロジェクトに携わる中で、単なる「モノ」づくりではなく、どれだけの「エモーション」を込めるかで、大きく世界が広がるのを知る。メインは、公共団体発注の港湾施設の設計コンサル。
近年は、設計コンサルのDX推進及び働き方改革の牽引も務めている。
趣味は、食べ歩き、サッカー観戦。
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