東京港後背部(特に東部低地帯の河川部分)の高潮対策は直立堤防や緩傾斜堤防、スーパー堤防などの防潮堤(堤防)方式を採用し、街を水害から守っています。大阪港後背部(特に旧淀川筋の河川部分)の高潮対策は大水門方式を採用し、街を水害から守っています。2018年9月に発生した台風21号による海からの高潮と豪雨による上流からの洪水を、大阪府が採用した大水門方式が見事に機能し、大阪都心部を水害から守りました。この事実により東京都の高潮対策に対する見直しの声がにわかに上がっています。この記事では、東京と大阪の高潮対策の概略を説明します。
東京都の高潮対策の背景、経緯、防潮堤方式を採用した課題について説明します。
東京港は東京湾の最奥部に位置し、南東向きの開口部を持ち水深が浅く閉鎖性の高い水域となっています。したがって高潮などの影響を受けやすい地形を有しています。東京港後背部の江東5区(江東区・墨田区・足立区・江戸川区・葛飾区)は、明治末期から昭和40年代にかけて行われてきた地下水や水溶性天然ガスの汲み上げなどにより著しい地盤沈下が発生しました。結果として地盤高の低い土地が広がり、高潮や津波、洪水などの水害の危険性に常にさらされています。
東京都建設局の東部低地帯を中心とした高潮対策と東京都港湾局の体制を説明します。東京都の場合、河口から上流側は東京都建設局が管轄し、河口から海側は東京都港湾局が管轄します。
東京都建設局がこれまで行ってきた高潮対策として主な事業を下表にまとめます。
主な高潮対策事業名 | 高潮対策事業内容 |
外郭堤防修築事業 | 大正6年既往最大高潮位に対処 計画高A.P.+5.5m~5.0mの防潮堤施設の整備、(昭和32年~昭和37年) |
新高潮対策事業計画 | 計画対象区域を河川区域全体に拡充 隅田川防潮堤の計画高をA.P.+6.3mに設定 |
高潮防禦施設整備事業 | 業 東部低地帯の水害対策として防潮堤や護岸、水門・排水機場の整備 伊勢湾台風級の高潮(A.P.+5.1m)に対応 隅田川、中川、旧江戸川などの主要河川についての防潮堤は概成 (平成27年度末までに、防潮堤・護岸は計画延長168kmに対して、約159.2km、95%完成) |
スーパー堤防等整備事業 | 隅田川、中川、旧江戸川、新中川、綾瀬川について、コンクリート堤防をスーパー堤防や緩傾斜型堤防に改築 (平成27年度末までに、全体計画規模27.1kmに対して、約27.1kmに対して、約16.7km、62%が完成) |
耐震・耐水対策事業 | 最大級の地震が発生した場合においても、防潮堤や排水機場などが機能保持し、津波などによる浸水を防止。令和3年度までに防潮堤約86kmと水門・排水機場全22施設の耐震・耐水対策を実施予定。 |
江東内部河川整備事業 | 江東三角地帯の内部河川に対して、西側河川の耐震護岸の整備や東側河川の水位低下と河道整備を行う事業 |
*1 A.P.:荒川工事基準面、霊岸島量水標零位であり、ほぼ大潮干潮位に当たることから、荒川河口及び沿岸の河川・港湾工事用基準面として利用されています。
*2 T.P.:東京湾平均海面、全国の標高の基準となる海水面の高さです。東京湾中等潮位ともいわれています。T.P.=A.P.―1.134mとなります。
*3 O.P.:大阪湾最低潮位、大阪湾の海抜高度の基準となる高さです。O.P.=T.P.+1.30mとなります。(例)O.P.4.3m=T.P.3.0m
東京都港湾局は水害対策として江東区に高潮対策センターを設置・運用してきました。また2015年から港区港南に第二高潮対策センターを新設し、2箇所での高潮・津波対策に関する管理・運用を始め、東京港の防災機能の強化に取り組んでいます。2箇所で運用することにより片方が地震や水害で損傷しても、もう片一方でバックアップ体制を取ることが可能となりました。
東京都は、高潮や津波が発生した場合、東部低地帯の主要河川である隅田川・中川・旧江戸川などの川を遡上してくる波浪に対して、大水門方式ではなく防潮堤方式を採用しました。高い防潮堤を川沿いに延々と築くことにより街全体を防御する方法となります。しかし、多くの課題が残されることになりました。
その主な課題を挙げますと、
などです。
大阪府の高潮対策の背景、大水門方式を採用した経緯、大水門方式のメカニズム、2018年台風21号について説明します。
大阪港は大阪湾の最奥部に位置し、南西向きの開口部を持ち、東京港と同様に水深が浅く閉鎖性の高い水域となっています。したがって高潮などの影響を受けやすい地形を有しています。大阪港後背部(旧淀川筋)の高潮対策は、昭和30年代までは東京同様に防潮堤方式による対策を行ってきました。その後昭和36年の第2室戸台風による被害を受け、大水門方式による抜本的な検討がなされることになりました。
大阪府は、都市機能、港湾機能、都市防災、概算事業費、工期、維持管理の観点から防潮堤方式と大水門方式の比較検討を行いました。その結果、大水門方式が有利であるとの結論に至り、昭和40年度には下表の計画目標・計画高潮位を定めて、大阪都心部の安全を確保する事業を推進しました。
大阪府の場合、基本的に河口(大水門など)から上流側は大阪府が管轄し、河口(大水門など)から海側は大阪市が管轄します。
計画目標 | 昭和34年9月に発生した伊勢湾台風と同規模の台風が室戸台風の経路(最悪のコース)を通過し、満潮時に大阪港を来襲したことを想定して防潮施設を整備 |
計画高潮位 | O.P.+5.20m(O.P.+2.20m+3.00m) O.P.+2.20m:7月から10月(台風発生時期)の朔望平均満潮時 3.00m:潮位偏差(風の吹き寄せ、気圧の低下等による潮位の以上上昇値) |
*4 朔望:「朔」は陰暦の1日、「望」は陰暦の15日、新月と満月のこと。
計画基準潮位として、7月から10月(台風発生時期)の朔望平均満潮位O.P.+2.2mに高潮潮位偏差(風の吹き寄せや気圧の低下などに伴う潮位の異常上昇高)3.00mを合わせたO.P.+5.20mを設定。これに波浪などの影響を考慮した余裕高を加えて天端高を設定します。
旧淀川筋の中でも主要河川である安治川・尻無川・木津川の3川においては、平常時に船舶の航行を妨げず、強風や地震などの厳しい条件にも有利な条件を有します。それらのことから昭和45年に、アーチ型の大水門が3川にそれぞれ建設されました。また高潮発生時に3川の大水門を閉鎖すると、水門よりも上流側においては豪雨により河道内(大阪市内)の水位が上昇します。水門閉鎖時の内水を淀川へ排水する施設として毛馬排水機場がその後に建設されました。
旧淀川筋の大水門より下流側では、余裕高は防潮堤による低減効果を考慮して1.40mとしました。したがって防潮堤の天端高はO.P.+2.20m+3.00m+1.40m=O.P.+6.60mに設定しました。
旧淀川筋の大水門より上流側では、高潮発生時に大水門を閉鎖した場合の計画貯留内水位をO.P.+3.50m、余裕高を0.80mとしました。したがって防潮堤の天端高はO.P.+3.50m+0.80m=O.P.+4.30mに設定しました。よって、上流側の防潮堤天端高さは大水門建設により、下流側の防潮堤天端高さよりも2.3m低く設定することができました。
神崎川筋の河口部では、余裕高を2.9mとしたO.P.+8.10mとし、上流側の三国橋~大吹橋では余裕高を0.80mとしたO.P.+6.00mに設定しました。
港湾施設では防潮扉を設置し、高潮発生時には防潮扉を閉鎖して高潮侵入を防御しました。
2018年9月4日に日本上陸した台風21号による強風や豪雨、高潮により、関西を中心として全国に甚大な被害をもたらしました。特に関西国際空港では、高潮による滑走路への浸水やターミナルビルへの浸水、停電などで閉鎖されました。また関西国際空港連絡橋にタンカーが強風により衝突し、連絡橋が破壊され一時孤立する事態となりました。
しかし大阪市内においては、安治川・尻無川・木津川の三大水門と毛馬排水機場が見事に機能して、海からの高潮と上流からの洪水から都心部を防御することに成功しました。仮にこの防御施設が無かった場合の損害額の試算をマスコミ各社が報道していますが、17兆円とも20兆円ともいわれています。
一般社団法人水の安全保障戦略機構(代表:山田正)の中に水都東京・未来会議(代表:竹村公太郎)という主に水都の防災をテーマにした委員会があります。学識経験者・官僚OB・民間企業を中心にメンバー構成されていますが、隅田川河口部に「隅田川バリア」の建設を提唱しています。これは上記の大阪における3大水門と排水機場の実績を踏まえて生じたプロジェクトで、平常時は船が航行できる状況ですが、高潮発生時に防御板が出現して高潮から東京都心部(特に金融の中枢部)を防御するシステムです。
また上流からの洪水に対しては、隅田川起点にある岩淵水門から荒川へ排水できる機能を備えます。参考例の一つとして、ロンドン市内を流れるテムズ川の河口にあるテムズバリアを挙げています。筆者も「水都東京・未来会議」のメンバーですが、既に東京都をはじめとして、中央区・台東区・江東区といった隅田川河口部の区からも関心が寄せられています。
東京の東部低地帯と大阪の旧淀川筋の防潮堤計画高を下表にまとめます。
東京東部低地帯 | 大阪旧淀川筋 | |
河口部(大水門)上流側 | A.P.+6.3m | O.P.+4.3m |
河口部(大水門)海側 | A.P.+5.1m~8.0m | O.P.+6.6m |
これを比較しやすいようにA.P.、O.P.をそれぞれT.P.に変換しますと、
東京東部低地帯 | 大阪旧淀川筋 | |
河口部(大水門)上流側 | T.P.+5.166m | T.P.+3.0m |
河口部(大水門)海側 | T.P.+3.966m~6.866m | T.P.+5.3m |
上記表より、東京東部低地帯の街中の防潮堤天端高は、大阪旧淀川筋の防潮堤天端高と比較して2m以上も高くなっていることがわかります。
東京の下町が、防潮堤により景観的に分断されているといわれる理由がわかります。また天端高が高くなる分、防潮堤延長も長くなり、維持管理費用が増額します。近年地球温暖化が原因と考えられる台風の巨大化により、想定を超えた高潮が毎年のように日本列島を来襲するようになりました。その様な中、東京港においても大水門建設などの抜本的な高潮対策を検討する時期であると考えます。
筆者の個人的な意見ですが、高潮対策として北から南へ東京湾に流入する隅田川・荒川・旧江戸川・江戸川の河口部分には大水門を設置するべきであると考えます。その中でも特に急がれるのは隅田川です。隅田川の支川として、神田川や日本橋川などがありますが、特に日本橋川沿川は日本銀行や東京証券取引所、東証一部上場企業などの本社が集積し、一大金融街を形成しています。ここが2018年9月に大阪を襲った台風21号クラスの高潮と洪水に同時に見舞われますと、水没する可能性が高くなります。東京の与信に止まらず、日本の与信を下げることに繋がります。
水門の方式には、上記で揚げましたロンドンのテムズバリア以外にもヴェネツィアで建設中のモーセ・プロジェクトなど様々な形態があります。いずれも平常時に止水板は水底に格納されていますが、隅田川バリアにおいても景観などを考慮すると、同様なタイプが相応しいと考えます。高潮発生時に隅田川の水底に格納されている止水板が水上に現れ、高潮から東京都心部を防御する機能を備えることにより、金融都市としての東京及び日本の与信力の向上に繋がると考えます。
「わが国におけるゼロメートル地帯の高潮対策の現状(東京湾、伊勢湾、大阪湾)」
国土交通省河川局・港湾局
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/past_shinngikai/shinngikai/takashio/051114/s1.pdf
「事業概要」 東京都建設局
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/chisui/jigyou/index.html
「東京の低地の概要」 東京都建設局
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/chisui/jigyou/teichi.html
「防災事業」高潮対策 大阪府都市整備部
www.pref.osaka.lg.jp/nishiosaka/emergency/high-tide.html
「大阪港の津波・高潮対策」 大阪市港湾局
https://www.city.osaka.lg.jp/port/page/0000002636.html
「平成30年台風第21号の記録」 大阪府
https://www.youtube.com/watch?v=rlAhpDPphLk&feature=youtu.be
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